2018年6月
空が青いから 白をえらんだのです
ヨゼフ 松井繁美神父
これは、ある少年刑務所に入っている少年が作った詩。
この少年刑務所で、新たに試みようとしていた改善指導「社会性涵養プログラム」に共感した編者が、2007年からプログラムの講師を頼まれて詩の指導をしてきた中からいくつかの作品を編集して本として出版されたものの中に紹介されている作品のひとつ。
「空が青いから 白をえらんだのです」
この詩を書いたAくんは、普段はあまりものを言わない子だったらしい。
そのAくんがこの詩を朗読したとたん堰を切ったように語り出したという。
「今年でおかあさんの七回忌です。
おかあさんは病院で『つらいことがあったら、空を見て。そこにわたしがいるから』とぼくに言ってくれました。これが最後の言葉でした。・・・」
Aくんがそう言うと教室にいた仲間たちが次々に手を挙げて語り出したと言います。「この詩を書いたことが、Aくんの親孝行やと思いました」とか、「Aくんのおかあさんは、まっ白でふわふわなんやと思いました」「ぼくは、おかあさんを知りません。でもこの詩を読んで空を見たら、ぼくもおかあさんに会えるような気がしました」そう言った子はそのままでおいおいと泣き出してしまったそうです。
「空が青いから 白をえらんだのです」この詩を書いたAくんはこんなことも言っています。「おとうさんは、体の弱いおかあさんにとてもきびしかった。ぼく、小さかったから、何もできなくて・・・」おかあさんを守ってあげることができなかった。助けてあげることができなかったという悔しさ、悲しさがこのたった一行の詩のむこうにあるということなのでしょう。
この気持ちを仲間たちが理解してくれたことがAくんには何よりも嬉しかったのだと思う。その表情はいつになくはればれとしていたと編者は書いている。
Aくんの詩そしてAくんのおかあさんの最後のことばということから全くつながりがあるわけではないが、最近どこかで読んだ八木重吉の最後の様子、そして最後のことばを思い出した。
意識がなくなりかけた頃大きな声で「イエスさま!」と叫んだ。そしてそのイエスがずうっと遠くなってゆくのを「どうして行っておしまいになるのだろう」という表情で見送っているような顔であったと。そして「イエスさま、イエスさま」と叫び臨終の床を迎えた。
しかし、八木重吉が最後に叫んだ名は、主の名ではなく、愛する妻登美子の名前であったという。
「可愛い、可愛い登美子!」八木重吉の最後の言葉は主イエスを呼ぶことと妻を呼ぶことがひとつになっていった。
5月の第2日曜日は「母の日」でした。改めておかあさんに感謝する日になったと思います。そして6月は第3日曜日に「父の日」を祝います。
おとうさん おかあさん いつもありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
教会報 2018年6月号 巻頭言