司祭のメッセージ

ぶどうの奇跡
-ラ・フォレスタ―生き続けているフランシスコの心―

ヨゼフ 松井繁美神父

アシジの近くにあるリエティの谷にはフランシスコのゆかりの地がいくつかある。
その中のひとつが「ぶどうの奇跡」が残っているラ・フォレスタである。「ぶどうの奇跡」からフランシスコの心を探ってみたい。
晩年の頃のフランシスコはあらゆる病に苦しめられていて、そのひとつが、ほとんど目が見えなくなるという病であった。
フランシスコと初期の兄弟たちの精神を伝える「小さき花」の中に次のエピソ―ドが記されている。

「フランシスコがリエティのそば近くまで来ると、大変な数の人たちが一目彼を見ようと迎えに出て来たので、彼は町へ入ろうとせず、
わき道に入って、そこから二哩ほど離れた、ある小さな教会にやって来ました。
ところが人々は彼が教会にいることを知ると、押し合いへし合いして彼を見に来たので、教会の庭にある司祭のぶどう畑は、
―ちょうど取り入れ時―めちゃめちゃに踏み荒らされ、ぶどうはみなもぎ取られ食べられてしまいました。
このひどいありさまを目の当りにして、司祭はたいそうがっかりし、自分がフランシスコを教会の中に入れたのを悔やみました。
この司祭の思いは聖霊によって聖人に示されました。すると彼はこの司祭に次のように尋ねました。
「尊敬する神父様、このぶどう畑は最もよく取れる年で何樽ぐらいのぶどう酒をあげますか」「12樽です」。
するとフランシスコは「神父様、お願いがあります。わたしがあなたの教会に留まるのをどうか2、3日辛抱してください。
ここにいるとゆっくりとよい休みがとれますので。そしてまた神様とこの貧しい小さなわたしへの愛のために、
このぶどう畑をもぎ取るのを、全ての人に許してあげてください。
そうしてくだされば、その代わりに今年は20樽の収穫をあげることをわが主イエス・キリストのみ名によって約束しましょう」

聖フランシスコがそこに留まって、このようにしたのは、主がそこへやって来る人々の魂をお変えになるというすばらしい結果のためと、
その人々の多くが帰る際には神の愛によって酔わされ、天上をあこがれ望むよう回心させられ、世間のことに捕らわれないように見えたからでした。
来た人々から見るも無残に荒らされ、ぶどうがほんのわずかな房しか残っていなかったのに、取り入れの時が来て、
フランシスコの約束をあてにした司祭がこのわずかなぶどうの房を集めてしぼると、約束通り飛びきり上等のぶどう酒が20樽もとれました。」(小さき花 19)

このラ・フォレスタの修道院は、後々「薬物依存症」などで苦しむ人たちの更生の場としての役割を果たしていくことになる。
以前はフランシスコ会の兄弟たちが共同で生活していたが、何年か前に最後に残っていたフランシスカンが亡くなってからは、
ここで更生することが出来た人たちが、同じ苦しみをかかえてここへやって来る人たちの世話をしている。

何年か前にここを訪問した時に案内してくれたのはここで更生することが出来た一人で、今はここの責任者ということだった。
案内のお礼を渡そうとすると受け取らず「わたしたちは、自分たちの手で働いて生活し、ここを維持管理しています」との話だった。
修道院の周りには、きれいに整備されている畑が広がっていた。

かつてぶどうの実が多くの人たちを癒したこのラ・フォレスタが、今は薬物依存症で苦しむ人たちの癒しの場となってフランシスコの心、
精神が生き続けていることに大きな喜びを感じ、ここを後にした。

教会報 2019年10月号 巻頭言

Script logo